心臓は上下左右の4つの部屋に分かれており、上の部屋を「心房」、下の部屋を「心室」と呼びます。正常な心臓では右心房にある「洞結節」という場所から毎分50~100回の速さで規則正しく電気が発生し、この電気が上から下に伝わることで心臓がリズムよく収縮します。心房⇒心室と順に収縮することで血液を効率よく体に送り出すことが出来るのです。このような正常な心臓のリズムを「洞調律」と呼びます。
一方「心房細動」では心房の様々な場所で電気の興奮が不規則に発生することで、心房は毎分約400回の速さで収縮し痙攣したような状態になります。心房から心室への電気の流れも不規則になるため、心臓から体へ送り出される血液のリズムもバラバラになりその結果脈も乱れることになります。
(動画)正常洞調律と心房細動心房細動では心房が痙攣したような状態となっている
心房細動は60歳以上で発症しやすくなる不整脈で、日本では高齢化に伴いその数が増加しており、約100万人が心房細動をもっていると考えられています。
心房細動を発症すると脈が乱れるため胸がドキドキするような「動悸」を自覚します。また、脈が非常に速くなると心不全を発症し息切れが出現することもあります。
しかし心房細動の約20%は自覚症状を認めず 1)、自覚症状のない心房細動では1年間の死亡率が症状のある方に比べて約2倍と高いことが報告されているため注意が必要です 2)。
心房細動では心房が痙攣したような状態になっているため、血液が心房の中でよどんでしまい、「血栓」と呼ばれるかたまりを作ります。この血栓が血液の流れに乗ってポンと飛んでしまうと、多くは頭につながる血管に詰まり脳梗塞を発症するのです。このように心房細動によって発症した脳梗塞は非常に重症であることが多く、約12.6%の方で命の危険性があると言われています 3)。
心原性脳塞栓症左中大脳動脈領域の広範囲な脳梗塞
心房細動では心房が正常に収縮しないため心臓から全身に送り出される血液の量が2割程度減少してしまいます。そのため十分な血液が体に供給されず、肺に水がたまったり、足がむくんだり、動いた時や夜間就寝時に呼吸が苦しくなることがあります。これが心不全です。また、速い脈が続くと心臓の筋肉が疲労してしまい血液を送り出す力が低下してしまいます。このような状態を「頻脈誘発性心筋症」と呼び、迅速な心拍数コントロールの治療が必要となります。
心房細動治療において最も重要なのは脳梗塞を予防することです。心房細動では心臓の中に血栓を作らないようにするため「抗凝固薬」というお薬が使用されます。以前は主にワルファリンという薬が使用されていました。ワルファリンは脳梗塞発症の抑制に高い効果をもつことが多くの試験で証明されておりますが 4)、納豆やクロレラ、ブロッコリー、青汁などビタミンKを多く含んだ食事を摂取すると効果が非常に弱くなってしまいます。また一人一人で効果が異なるため、定期的に血液検査を行い内服する量の調整を行う必要があります。
このようなワルファリンの欠点を補うように登場したのが「DOAC(direct oral anticoagulant)」と呼ばれる種類のお薬です。ワルファリンに比べて食べ物の制限が必要ない事、定期的な血液検査が必要ない事、出血の危険性が少ないことから最近では主としてこのDOACが使用されています。現在日本で使用できるDOACにはダビガトラン(プラザキサ)、リバーロキサバン(イグザレルト)、アピキサバン(エリキュース)、エドキサバン(リクシアナ)という4種類のお薬があります。ただしこのDOACも腎臓の機能や体格、年齢によって投与量を調整する必要があります。
リズムコントロールとは心房細動を停止・予防し、正常な洞調律を維持する治療法。一方レートコントロールは脈が速くなりすぎないように心拍数を調整する治療法です。
これらのお薬にはたくさんの種類が存在するため、心臓・腎臓・肝臓などの機能をもとに、心電図を評価しながら一人一人に適したお薬を選択してもらう必要があります。
太もものつけ根などからカテーテルと呼ばれる電極のついた細い管を心臓に挿入します。カテーテル先端から500~1,000kHzの高周波を通電することで心筋に熱を発生させ、異常な電気の流れを断ち切ります。このようにして不整脈を根治する治療がカテーテルアブレーション治療です。
心房細動の引き金となる異常興奮の90%は左心房につながる肺静脈から発生していることがわかっています。 5)
この異常な興奮が心房に伝わらないよう肺静脈をぐるりと囲うように高周波を通電する方法、これが「肺静脈隔離術」です。この肺静脈隔離術は最も重要な治療方法で心房細動アブレーション治療の核となります。
肺静脈隔離術肺静脈を囲むように高周波を通電し肺静脈と心房の電気の流れを遮断する
当院ではEnsiteTMというマッピングシステムを用いてカテーテルアブレーション治療を行っております。カテーテルを心臓の中で動かし心筋をなぞることで、非常に正確な解剖学的情報と心筋の電位情報を得ることができます。このマッピングシステムにより心臓の中の電気の流れを可視化することが出来、またカテーテルの位置もリアルタイムに把握できるため安全で適切な治療が可能となります。
3DマッピングシステムEnsiteシステム(右)で描出した左心房の3Dマッピング(左:肺静脈隔離術後)
異常興奮が肺静脈以外に存在する場合には、3Dマッピングの情報やカテーテルの先端についた電極から得られる心内心電図の情報からその起源を予測し、追い込むようにして発生部位を見つけ治療します。
また心房細動が長期に持続している場合には心臓の筋肉が障害を受けていることが多く、肺静脈隔離術以外の追加治療が必要になることもあります。現在、持続する難治性心房細動に対する確立した方法はありませんが、当院では左房の上部や後壁、僧帽弁付近に線を引くようにして焼灼を追加する「線状焼灼法」や、心筋が障害を受けて低電位になっている部位に対して治療を行う「低電位領域アブレーション」など一人一人に適した治療法を選択することで良好な成績を得ることが出来ております。
左房天蓋部線状焼灼両側の上肺静脈をつなぐように高周波を通電する
低電位領域に対するアブレーション赤く描出されている部位が低電位領域
(動画)3Dマッピングによる線状焼灼の確認左房前壁低電位領域に対する線状焼灼
治療にかかる時間は発作性心房細動では平均1.5~2.5時間、持続性では2~4時間です。患者様が苦痛を感じないよう静脈麻酔を使用し治療を行いますので安心して治療を受けていただけます。
入院期間は通常3泊4日で、治療の前日にご入院いただきます。激しい運動や過度のアルコールさえ避けていただければ、退院翌日から入院前と同様の生活を送っていただく事が出来ます。